「The Wings of the Dove(鳩の翼)」は、1997年公開の映画で、ヘンリー・ジェイムズの1902年の小説が原作。
舞台は1910年のロンドンの上流社交界とイタリア・ベネツィア。ロンドンの裕福な叔母の庇護のもとで暮らす没落貴族で貧しいケイトは、叔母の意向で新聞記者の恋人マートンと別れ、マーク卿との結婚を期待されます。末期の病を抱えるアメリカ人富豪のミリーと親しくなったケイトは、マートンをミリーに近づくよう仕向けてミリーに遺産を相続させようと画策。
「ヘンリー・ジェームズ小説の映画化で最も成功した一つ」「視覚的・演技的に圧倒的な美しさ」「文学のエッセンスを損なわず視覚化した成功例」などと評価が高く、どの瞬間も絵画のように美しいと思います。
キャストは、ヘレナ・ボナム=カーター、ライナス・ローチ、アリソン・エリオット、エリザベス・マクガバン、マイケル・ガンボン、アレックス・ジェニングス、シャーロット・ランプリングなど。90年代のヘレナ・ボナム=カーターは、どのアングルから見ても美しい!
オープニングタイトルの背景は、ケイトが地下鉄に乗り込むための「Dover Street」駅(「Dover Street」駅はかつて存在した駅で、現在は「Green Park」駅)。(画像は引用目的で使用しています)
「The Wings of the Dove(鳩の翼)」あらすじ
1910年のロンドンで、裕福な叔母の監視下で暮らすケイト・クロイ(ヘレナ・ボナム=カーター)。上流階級出身だったケイトの母は、放蕩で貧しいクロイ氏(マイケル・ガンボン)と結婚したことで家族は貧窮しました。父は社会的に堕落し家族の名誉を汚した上、現在はアヘン中毒。母の死後、叔母はケイトを父から引き離し後見人となり、裕福な生活を与える代わりに、父との関係を断ち、条件の良い結婚を選び、恋人のマートン・デンシャー(ライナス・ローチ)と手を切ることをケイトに求めます。
ケイトは叔母宅の上流階級の生活のおかげで振る舞いこそ品があるものの、貧しさを経験してきたせい現実的で、冷たさやドライさ、苛立ちや焦りが見えるどこか陰のある印象。いまだに貧困の恐怖から抜け切れていないのかもしれません。
ケイトを気に入った貴族のマーク卿(アレックス・ジェニングス)は、叔母の許可を得てケイトに求婚します。マーク卿に興味のないケイトはマートンとの秘密の関係を続けます。映画の冒頭、ケイトは「Dover Street」駅(現「グリーンパーク」駅)から地下鉄にのり、地下鉄内でマートンに会うのです。

ロンドンの「フリート・ストリート(Fleet Street)」で社会の問題を暴く記者マートンは、パブで他の記者たちと情報交換をしスクープを競い合うなど活気があります。知的で品のある青年ですが経済的に苦しく、それが理由でケイトの叔母は彼を認めない。それでもケイトへの愛は深く、彼女が叔母から離れて自分と結婚することを待ち続けます。
フリート・ストリート「Fleet Street」は、かつてイギリスの新聞社や出版社が集中したロンドンの象徴的な通りで、「新聞街」「The Street of Ink(インク通り)」として世界的に知られてました。歴史は1500年頃にさかのぼり、1702年にはイギリス初の日刊紙「Daily Courant」が発行、19世紀以降は「The Times」「Daily Express」「Daily Telegraph」「Daily Mail」など、主要な全国紙の本社や編集部が置かれていました。
Fleet Streetに現存する出版社「DC Thomson & Co.」の旧ロンドン事務所はこの通りの歴史的なランドマーク(映画とは関係ありませんが笑)。外壁には「Sunday Post」「People’s Friend」「People’s Journal」「Dundee Courier」などの出版物名が大きく刻印。1869年創刊の「People’s Friend」は、世界最長寿クラスの女性向け週刊雑誌として現在も刊行。さらに、この住所は「悪魔の理髪師」スウィーニー・トッドの理髪店の場所としてストーリーに登場。ファンにとっては伝説の場所です。隣は「St Dunstan-in-the-West」教会。

ケイトは母の墓を丁寧に掃除したり、叔母に隠れて父を訪ねたりと情がないわけではない様子。父は娘を思いやり愛情もあるようですが、アヘンをやめることはできないらしい・・・。ケイトが「叔母のもとを離れて無一文になってもマートンと結婚したい」と相談すると、父はケイトの叔母から毎週いくばくかの金銭援助を受けていることを知ります。ケイトは父のために叔母のもとにとどまらざるを得ず、やむなくマートンと手を切ることに・・・。
それにしても景色、建物、衣装が美しくて目を楽しませてくれます。
ミリーとの出会い
3か月後、叔母が開いたディナーパーティーで、ケイトは富豪のアメリカ人ミリー・シール(アリソン・エリオット)と出会います。活発で純粋、優しくユーモアがあるミリーは人気があり、ケイトも関心を持ちます。家族のいないミリーは一人で莫大な遺産を相続し、旅行仲間のスーザン(エリザベス・マクガヴァン)とヨーロッパを長期旅行中でした。
対照的なケイトとミリーはお互いに魅力を感じたのかすぐに仲良くなります。パーティーにはマートンも来ており、ケイトとマートンはかつての逢瀬を再開することに。マートンを見かけたミリーは彼に一目ぼれ。それを知ったケイトは「マートンは家族ぐるみの仲」だと説明します。
ミリーはスーザンとヴェネツィアに行くことになり、ケイトを招待します。ヴェネツィアに発つ前、マーク卿は「ミリーが末期の病気を抱えており、ニューヨーク中で知られている」という情報をケイトにもたらします。その数日前、ケイトはミリーが放射線科のコンサルタント医師に通う姿を見かけており、医療関係の暴露記事を書いていたマートンにその医師をそれとなく尋ねると、それは一流の血液専門医だというのです。これがミリーのロンドン滞在の目的だったようです。
マーク卿はさらに「ケイトを愛しているが、自分の領地や屋敷の維持のためにミリーの財産が必要で、彼女に結婚を申し込むつもり」だともいいます。ケイトへの愛情を口にしながら、自分の利益のために他の女性との結婚を当然視する打算的な貴族・・・。求婚前から「彼女と結婚する必要があるけど」というのが滑稽です。
ミリーと良い友人関係を築いていたケイトはそれを聞いて憤慨するものの、自分でも同じような計画をふと思いついてしまうのです・・・。マートンが好きなミリーはマーク卿の求婚を断ることは容易に推測できたケイトは、マートンをヴェネツィアに誘います。彼が不思議がると「叔母がついてこないから」ともっともらしい説明をするのです。
ヴェネツィアでの目論み
それでもマートンはベネツィアにやって来て、3人は楽しい時間を過ごします。ケイトはミリーのことを褒めはじめ、マートンとミリーを近くにいさせようとします。
もちろん変だと感じるマートン。体調を悪くしたミリーが休んでいる間、ケイトはミリーの病気のことを話します。ミリーが望んでいるのはマートンの愛で、彼がミリーと一緒の時間を過ごせばミリーのためになるし、そして最終的にケイトとマートンのためでもあるといいます。マートンがミリーの遺産を受け取ることができれば、叔母も結婚を許すだろうと期待したのでしょう。しかしマートンは「死にゆく女性を誘惑なんてできない」「自分に遺産を残すわけがない」と反論します。
4人は夜のヴェネツィアのカーニバルへ出かけます。仮面や仮装をした人々が集まり音楽とダンスが繰り広げられる中、ケイトは叔母の干渉なしでマートンと一緒にいられる開放感を感じたのか、「マートンを失うかもしれない」という恐れや嫉妬、独占欲を感じたのか、マートンを連れてミリーたちを振り切ってしまいます。
残されたミリーとスーザンは、二人が戻ってくるだろうと待っていたり探したりします。さすがにケイトたちの関係を感じ取り、翌朝に問い詰めたミリーに、ケイトは「マートンは恋人でもないし愛してもいない」と、自分の計画のためにロンドンに戻ってしまいます。
ケイトの計画に巻き込まれたマートンは、ミリーとの時間を過ごすうちに明るく純粋で優しいミリーに次第に惹かれていきます・・・。一度はロンドンに戻るつもりでいたものの、ミリーが雨の中を訪ねてきて思いとどまります。
「マートンは必ずうまくいく人。あなたが思うよりも早く成功や望みが現実になるでしょう。特定の人については分かるから」と語るミリー。彼女は相手の「良い部分」に注目するタイプなのでしょうが、マートンが好きだからということも理由かと。マートンはケイトの「愛」とミリーの「愛(と、富と純粋さ」の間で揺れ「ミリーは自分が知る誰よりも生き生きしている」と感じます。
その間、ロンドンから手紙を書くケイト。その文面から、二人っきりになったマートンとミリーのことが気が気でない様子がわかります。
マートンとミリーが修復作業中の教会に訪れるシーンはとても印象的です。二人は足場を登り教会内のフレスコ画や天井の美しい装飾・壁画を見て回ります。病弱なミリーが足場をどんどん登って行くので、大丈夫なのかとハラハラしてしまいます。タイトル「鳩の翼」は、ミリーの純粋・無垢・優しさ・隠れた強さを意味しているとのこと。ミリーの名前を呼びながら追いかけるマートン。教会内の鳩が何羽もはためく音が聞こえて、これは何かを象徴しているのか、それともこのまま天国へ・・・?と思ってしまいました。

鳩のような翼があれば・・・
マートンがミリーを訪ねると、スーザンからミリーは体調がすぐれないので会えないことと、ロンドンからマーク卿が訪問したことを知らされます。マーク卿はケイトから計画について聞き、ミリーに求婚しても無駄だということをある程度予想しながらダメ元でやってきて、腹いせにケイトたちの計画や二人が秘密裏に婚約していたことを暴露したというのです。
ミリーは傷つき、生きる意志を失い急速に衰弱してしまいます。それでもミリーはマートンを部屋に招き入れ、マートンだけでなくケイトも今でも大好きだと言い、真実を知ってもなおマートンを赦します。ミリーの愛は寛大で無垢でした。ミリーは数日後に亡くなり、スーザンとマートンは葬儀に参列。ここでも「ああ、鳩のような翼があれば・・・」と聖書の言葉を元にした鳩の表現が登場します。
ネタバレせずにここまでで・・・。

おわりに
エンディングはやや明るく温かみがある雰囲気を感じますが、原作は映画版と似ていながらも陰のある終わり方とのこと(原作は読んでいません)。「原作の微妙な心理描写を、具体的な行動で単純化しすぎた」「ジェームズの曖昧さを失った」という映画版への指摘も一部あるようです。
それでもロンドンやヴェネツィアの景色や建物の映像は美しく、ヘレナ・ボナム=カーターも麗しく、DVDカバーのミリーはまるで西洋画の聖母のようです。90年代に映画館で「フランケンシュタイン」を観たとき、美しいヘレナ・ボナム=カーターが登場するたびに注目していたのを思い出します。
父役のマイケル・ガンボンは「ハリー・ポッター」のダンブルドア役で有名。「ゴスフォード・パーク」「クランフォード」「妻たちと娘たち」にも登場しています。






