「Wives and Daughters(妻と娘たち)」は、1999年に放送されたイギリスBBCのドラマ。
ヴィクトリア時代の小説家エリザベス・ギャスケルによる1864年の小説「Wives and Daughters: An Everyday Story」が原作。この小説は、1865年にギャスケルが逝去したため未完となりましたが、フレデリック・グリーンウッドによって完結されました。
1830年代のヴィクトリア女王即位(1837年)前後の落ち着いた時代。イギリスのとある町で、医師の娘モリー・ギブソンが、父の再婚により優雅で自己中心的な継母ハイアシンスと、美しく魅力的な義妹シンシアを迎え、新たな家族との関係や、階級制度、科学の進歩の中で揺れ動く姿が描かれます。
キャストは、ジャスティン・ワデル、ビル・パターソン、フランチェスカ・アニス、キーリー・ホーズ、トム・ホランダー、イアン・グレン、アンソニー・ハウエル、マイケル・ガンボン。
エリザベス・ギャスケルは、ジェーン・オースティンやジョージ・エリオット、チャールズ・ディケンズほど広く知られてはいませんが、さまざまな階層の人々と交流があったため、登場人物の幅が広い作家だといわれており、深く理解した人間の善良さを作品に反映している点が高く評価されています。彼女の文体は簡潔で機知に富み、当時としては非常に現代的だったと言われています。
「Wives and Daughters(妻たちと娘たち)」あらすじ
12歳のモリーは、地元の医者である父ギブソン氏(ビル・パターソン)と二人暮らし。
ある日、亡き母の友人ブラウニング姉妹(バーバラ・フリン、デボラ・フィンドリー)に連れられ、地元の貴族カムナー卿夫妻の邸宅のパーティーに出かけます。
パーティーでモリーはめまいを感じ、外の空気を吸うために庭に出て木の下で眠ってしまいます。モリーを見つけた屋敷の娘レディ・ハリエット(ロザムンド・パイク)と、その家庭教師カークパトリック夫人(フランチェスカ・アニス)が、モリーをカークパトリック夫人の部屋で休ませてくれます。モリーがうとうとしていると、モリーのために用意されてた軽食をつまんでいたカークパトリック夫人笑。夫人は「帰る時間になったら起こす」と約束するもすっかり忘れてしまいます。
馬で迎えに来た父に貴族の人々はどうだったと聞かれ、「親切だったけど戻りたくない」と返事をするモリー。彼らは二人暮らしの生活を楽しんで生きていたのです。
このつまみ食いの家庭教師が、のちにモリーの継母となる人物。
ちなみにカークパトリック夫人、ブラウニング姉妹の女優は、エリザベス・ガスケル原作のドラマ「クランフォード」で、レディ・ラドロー、ジェイミーソン夫人、トムキンソン姉妹のオーガスタ役です。
ハムリー家での滞在と父の再婚
7年後、モリー(ジャスティン・ワデル)は、心優しく正直で正義感のある女性に成長します。父の弟子の一人がモリーに想いを寄せ、父に隠れて手紙を渡そうとしていたことが発覚。父は、モリーをしばらく地方貴族のハムリー家に預けることに。
荘園屋敷であるハムリー邸は趣のある素敵な屋敷。ハムリー夫妻(マイケル・ガンボン、ペネロピ・ウィルトン)はモリーを温かく迎え入れ、自分の娘のようにかわいがります。
ハムリー氏扮するマイケル・ガンボンはハリー・ポッターシリーズでおなじみのダンブルドア校長、「クランフォード」ではホルブルック氏です。ハムリー氏の登場はまるでホルブルック氏のようでした。ペネロピ・ウィルトンは、イギリスのコメディミニシリーズ「The Norman Conquests」でのアニー役。
彼らの息子たちはどちらもケンブリッジ大学生で、長男オズボーン(トム・ホランダー)はハンサムでおしゃれ、詩や文学に秀でており、弟ロジャー(アンソニー・ハウエル)は自然科学に関心があり、誠実で優しい性格だといいます。ハムリー氏はオズボーンを気に入っている様子で、ロジャーは鳥や虫の名前に詳しいとモリーに話します。モリーがどちらに惹かれていくのか、何となく予想がついてしまいます笑。
ロジャーが帰宅して、オズボーンの学業が振るわないことを聞いてハムリー氏は憤慨します。
その頃、レディ・カムナーを診察したモリーの父は、カークパトリック夫人(フランチェスカ・アニス)に再会し、彼女に惹かれて再婚を決めます。モリーに報告しにやって来た父に、「私を追いやって結婚を決めた」と感情的になるモリーに父も感情的になってしまう笑。
モリーは自分のことを忘れていた夫人に対してあまり良い思い出がなく、一方、父は夫人は娘の面倒見た優しい人だと思っていたのです。ロジャーは庭で泣くモリーの話に耳を傾け、彼女の気持ちに寄り添います。自分の研究を見せたり、後日、モリーのためにスズメバチの巣を届けたりして励まします。なんと変わったプレゼント笑。
父と仲直りしたモリーは、カークパトリック夫人を迎えることに。なぜか、夫人はカムナー家のスタッフとして来ていたプレストン氏(イアン・グレン)に冷ややかな態度をとります。
そしてモリーは、あのパーティで夫人と一緒にいたレディ・ハリエット(ロザムンド・パイク)に再会します。レディ・ハリエットは「プレストン氏は好きではない」と言い、さらにモリーの亡き母の友人ブラウニング姉妹のことも馬鹿にします。モリーが「階級の違う人を見下すのはよくない」とはっきり伝えると、レディ・ハリエットは、ブラウニング姉妹についての発言を撤回します。彼女はなかなか良識のある人物のようです。
継母が登場するストーリーでは、色々問題が起こったりしますが、モリーの家庭でも例外はありません。
「ギブソン氏のことをなんでも教えてほしい」と言いながら、モリーが説明すると即座に否定したり、モリーが母から受け継いだ家具を勝手に処分したり、ハムリー氏の妻の容体が悪化したことを使いが知らせに来たのに、「私との約束があるから」と言って間に割り込もうとしたり。それでもモリーは、この家を幸せにするために努力を続けるのです。
モリーの父がレディ・カムナーを診察して助言した内容は、「食事は軽めに、ジビエや濃厚なチーズなどは避けること、毎日散歩をして、夜更かしは控えること」でした。現代の健康指導とそれほど変わりませんね。
義姉妹のシンシア
継母の娘であるシンシア(キーリー・ホーズ)が、フランス留学を終えて家族と一緒に暮らし始めます。
帰国の船では、美しい彼女に、乗客だけでなく船員たちまでがその美貌に目を奪われていました。「美しいシンシア」と聞かされたモリーは、「きれいなうえに、頭も良くて何でもできる人なのでしょうね」と世の中とはそういうものよねとでもいうように返答します。しかし、到着したシンシアは非常に魅力的なだけでなく、気さくで率直な性格だったのでモリーと仲良くなります。
当時の常識なのか、継母はシンシアをできるだけ裕福な階級の男性と結婚させたいと考えています。継母は、ハムリー家のオズボーンを気に入り、二人を引き合わせようとしますが、オズボーンは簡単には乗ってきません。モリーはハムリー邸に滞在していた頃からロジャーの誠実さと優しさに何となく惹かれていましたが、ロジャーもオズボーンも彼女を実の妹のように考えていました。そして、ロジャーはシンシアに出会うと恋に落ちてしまいます。
「彼女の美しさは長くは続かない」というオズボーンに、ロジャーは耳を貸そうとしません。
かつてモリーに手紙を書いた父の弟子の一人も、久しぶりに再会したモリーに一瞬ときめくものの、シンシアを一目見るなり心を奪われてしまいます。どれだけ魅力的なんだ笑
そんな中、モリーの父が「オズボーンは病気で長くは生きられないかもしれない」と話すのを継母が偶然耳にしてしまいます。ロジャーがハムリー家の跡取りになる可能性があると知ると、ロジャーとの縁談に急に乗り気になります。
ロジャーの調査旅行とプロポーズ
ロジャーはケンブリッジ卒業後、アフリカへ2年間の調査旅行に出かけることになります。出発前にシンシアにプロポーズし、シンシアも受け入れます。モリーは心を痛めますが、ロジャーの幸せと安全を願うのでした。
ところがシンシアは婚約していることをロジャーが帰国するまで誰にも話さないよう主張します。そのため、ハムリー氏やモリーの父も二人の婚約を知らないという不思議な状態に。別の経路からこの件について知ったハムリー氏とモリーの父は、なぜ秘密にする必要があるのかといぶかしがります。シンシアをよく知らないハムリー氏は、「モリーだったら、どんなによかったか」と思わず口にします。
秘密にする理由をモリーの父に問い詰められたシンシアは、動揺して泣き出します。子供っぽくて常識がないような気もしますが・・・。
アフリカからロジャーの手紙が届くようになり、彼の安全を案じるモリーとは対照的に、さほど気にしていない様子のシンシア。婚約に反しないからと、パーティで他の男性とダンスを楽しみ、ロンドンの親戚を訪ねては華やかな生活を送ります。そして多忙なシンシアに代わってロジャーに手紙を書くモリーは、彼の居場所を地図で追います。
ある日モリーは、評判のあまり良くないプレストン氏とシンシアの過去に何かがあったことを知ります。
オズボーンの秘密
モリーはオズボーンが秘密裏に結婚していたことを知ります。
彼はロジャーには打ち明けていましたが、父のハムリー氏は知りません。というのも、妻はフランス人でローマ・カトリック教徒、さらに元メイドという出自だったからです。
ハムリー氏は保守的な人物で、フランス人やカトリック教徒に偏見を抱いていたと考えられます。これは当時のイギリス保守層に広く見られた国民感情でもありました。また、メイドという社会的地位の女性であることも、ハムリー氏の強い反対を招くと考えられたためだと思われます。オズボーンは生活費のために借金を重ね、期待されていた学業も中断してしまいます。それがハムリー夫人の体調を悪化させ、彼女を死に追いやったと自責の念にもとらわれていました。
二人は離れた場所にあるコテージに暮らし、子供も生まれていました。先が長くないと悟ったオズボーンは、モリーにこのことを明かし、コテージの住所を託したのです。やがてオズボーンは、ハムリー邸の近くで亡くなります。
深い悲しみにくれるハムリー氏に、モリーはオズボーンの妻と子の存在を打ち明けます。子供の存在に喜ぶハムリー氏は、子供をハムリー邸で引き取り、フランス人の妻をフランスに戻すよう弁護士を通じて手配するつもりでいました。
シンシアとプレストン氏
モリーは、シンシアにしつこく近づくプレストン氏との間に何があったのかを知ります。
シンシアと母はかつて貧しい生活を送っており、シンシアが15歳のとき、プレストン氏から借金をしてダンス用のドレスを買い、20歳になったら結婚する約束をしました。ただし、「20歳になるまでは秘密にしてほしい」と頼んだのです。プレストン氏はその約束を守り続けましたが、シンシアは自分の行為を後悔していました。
プレストン氏は今でもシンシアとの結婚を望んでおり、彼女からの手紙もすべて保管していました。モリーはシンシアのために行動し、早朝に森でプレストン氏に会い、結婚の約束は無効であること、そしてこれまでの手紙を返すよう求めます。意外にも、プレストン氏はすべての手紙を返しました。
ところがシンシアは、戻ってきた手紙をさっさと燃やし、借りた金額に5%の利子をつけた金額を入れた封筒をプレストン氏に渡してほしいとモリーに頼みます。もう関わりたくなかったモリーでしたが、しぶしぶ引き受け、町でプレストン氏に出会ったときにその封筒を手渡しました。シンシアといえば、ロンドン行きの準備に浮かれています。
モリーが朝にプレストン氏と森で会っていたことや、彼に封筒を渡していたところを見た人がいて、町の女性たちの間で噂が広まります。当時、未婚の女性が婚約者でも親族でもない男性と二人きりで会うのは不適切とされ、そうした行動は名誉を傷つけ、結婚や社交の機会にも大きな影響を及ぼすものでした。
モリーを気に入っているレディ・ハリエットがプレストン氏から事情を直接聞き、レディ・カムナーとともにモリーの継母を呼び出し「娘の教育はどうなっているのか」と苦言を呈します。純粋に何も知らなかった継母はめまいを起こすぐらいのショックを受け、帰宅後にシンシアを厳しく叱り、モリーの父も一連の出来事を知ることになります。
通常、貴族階級の人が一般市民の問題に関わることはなかったとされますが、レディ・ハリエットは良識ある人物であり、モリーの評判を回復するために自ら彼女の家を訪れ、モリーと共に町を歩きます。階級や評判に敏感な町の人々にとって「貴族が認めているのだから疑う余地はない」という印象を与えたのです。
シンシアはロジャーに婚約破棄の手紙を書き、モリーの父と冷静に話をし、「ロシアで家庭教師として働こうかと思っている」と語ります。(が、本当にロシアに行くとは思えない笑)彼女はロンドンで出会ったバリスターのヘンダーソン氏との結婚を意識していたようです。
ロジャーを見送るモリー
オズボーンの死を知らない妻が子供を連れてハムリー邸を訪ねてきます。かつては彼女をフランスへ戻すつもりだったハムリー氏でしたが、最終的に二人とも受け入れます。
一方、ロジャーは科学者として高く評価され、カムリー邸でのパーティーにメインゲストとして招かれます。レディ・ハリエットの配慮でモリーも招待され、二人は再会します。美しいドレスを着たモリーに思わず目を奪われるロジャーは、改めて彼女の内面に惹かれていたことに気づきます。
ガスケルの原作はこのあたりで未完となっているようですが、BBCのドラマではその続きが描かれています。ネタバレしないように結末は書かないでおきます。
視聴方法など
私が持っているDVDはイギリスで購入したもので、英語の字幕がついています。
時代特有の表現、丁寧な会話表現、社交辞令、19世紀イギリス社会に関連する語彙(社会階層、家族の力関係など)といった表現を学ぶのに良いと思います。

おわりに
雨の中、モリーの家の前に立つロジャーを見つけた継母は、「モリー、家の外に誰かいるわ。もう30分くらい」と慌てたり、それがロジャーだと分かると「お別れを言いに来たのね。さようなら、さようなら」と優雅に手を振る姿が少しコミカルで可愛らしいです。かつて「クランフォード」で重厚で厳格なレディ・ラドローを演じていた彼女とは、まったく違う一面が見られます。
また、モリーのシンプルなデザインの衣装は清潔感があり、ジャスティン・ワデルのスレンダーな体型によく似合っていました。イギリスのコスチュームドラマ・ピリオドドラマ、衣装や舞台だけでなく、馬の足音や馬車のきしむ音、ドアの開閉音や足音といったものまで魅力的です。
原作にはないものの、ギブソン夫人(継母)とレディ・ハリエットの最後のセリフも印象的です。
エリザベス・ギャスケル原作の「Cranford(クランフォード)」「North & South(北と南)」もお勧めです!




