チャーリング・クロス街84番(84, Charing Cross Road)ロンドン-ニューヨークの20年間の手紙

チャーリング・クロス街84番84 Charing Cross Road)」は1987年に公開されたイギリスとアメリカの合作映画。

ヘレン・ハンフによる1970年の書簡形式の回想録「84 Charing Cross Road」が原作で、彼女が1949年から1968年にかけてロンドンの古書店「Marks & Co.」の店員フランク・ドエル氏と交わした手紙のやり取りをまとめたもの。彼女の短編の書籍「The Duchess of Bloomsbury Street」はその続編で、ヘレン・ハンフが1971年に念願のロンドンを訪れたときの日記です。

文学や読書、書物の愛好家、書簡体のストーリーに興味のある人におすすめの映画です。この映画を「ラブ・ストーリー」と説明しているサイトを見かけますが、ラブ・ストーリーではないですね。「海を越えた文学上の友情」と表現した方がしっくりくるかと思います。ラブストーリーだと期待して観始めないようにご注意を。

ドラマチックなハプニングはありませんが、観終わった後にはすがすがしい充実感がもたらされます。素敵な映画です。

オープニングタイトルの背景は、ロンドンのThe Mallの「Admiralty Arch」をくぐろうとする場面。
ロンドンにやっとやって来たヘレン・ハンフはハイドパークコーナーのウェリントンアーチや、バッキンガム宮殿とヴィクトリア女王記念碑を通り過ぎます。そしてタクシーはトラファルガー広場のネルソン記念柱を通り過ぎ、ヘレン・ハンフは待ち焦がれていたロンドンを満足そうに眺めます。(画像は引用目的で使用しています)

※ 一部ネタバレしています!

目次

チャーリング・クロス街84番(84, Charing Cross Road))あらすじ

1971年、ニューヨーク在住のライターであるロンドン行きの飛行機に乗るヘレン・ハンフ(今ではなつかしいパンアメリカン航空(Pan Am)の便)。

彼女はかつてロンドンに存在していた古書店との20年間にわたる書簡の交換を綴った著書「84 Charing Cross Road」のプロモーションでロンドンに向かっていました。隣の乗客に「ロンドンへはビジネスですか、それともレジャーですか?」と聞かれ、彼女は「Unfinished business(未解決のビジネス)です」と答えます。

ホテルまでタクシーで向かうヘレン・ハンフは、ロンドンの景色を忙しそうにあちこち眺め、すべての瞬間を目に焼き付けておきたい様子。ホテルから書店へと向かうと、建物内では業者が作業をしています。しかし店のレイアウトや、店の中に置き去りにされた引出から出ている書類の様子から、ヘレンはかつてそこにあった店の雰囲気を味わうのです。

そして、ヘレン記憶は1949年にさかのぼります・・・。

ロンドンの古書店に打診

1949年、ニューヨーク在住の脚本家のヘレン(アン・バンクロフト)は、マイナーな英国文学の古書をニューヨーク内でさえも見つけられないことにいつも不満でした。「有名人による有名なタイトルなのに何で在庫がないのか」と問い合わせても、「イギリス作者によるイギリスの本だし、最近では誰も読まない」という書店の返事。「もう誰もイギリス文学を読まなくなったのか!」とヘレンは憤りを感じます。

ある日、ヘレンは週刊誌「サタデー・レビュー・オブ・リテラチャー」に、ロンドンの古書店「Marks & Co.」の広告を見つけ、海を越えてロンドンに手紙を書いてみることにしました。
「『古書店』は『高価』で敷居が高いイメージがあります。私は古書が趣味の物書きですが、古書はニューヨークではまったく入手できません。同封したリストを注文書として扱っていただき、1冊5ドル以内の良い状態の本があれば送ってほしい」と書きました。物書きというだけあって、最初から彼女の手紙はひきつけられる魅力があります。

彼女の手紙は数週間かけてはるばるニューヨークからロンドンに届き、チーフバイヤー兼店長のフランク・ドール氏(アンソニー・ホプキンズ)が彼女の要望に応えます。彼は返信の内容を読み上げ、秘書セシリー(エレノア・デイヴィッド)がそれを書き止めてタイプライターで打ちます。アンソニー・ホプキンスの英国紳士っぷりが素敵です。

そして数週間かけてロンドンからの小包がニューヨークに届きます。荷物が届いた日、ヘレンは急いで支度をしており、かかってきた電話にも「すでに遅れているから話せない」と断ります。急いでいたはずなのに、届いた小包を見つけて嬉々としながら部屋に戻り、梱包されていた本に触れたり眺めたりしてうっとりと満足そうです。

彼女は書店への返事に、「届いた本はあまりにも素晴らしく、私の安い本棚が恥ずかしがっている様子です。柔らかい羊皮紙と濃いクリーム色のページに感銘しています。本に触れることがこんなにも喜びになるなんて」と書きました。どれほど本を喜んでいるかという描写も素敵です。

請求書はポンドで書かれていたため、知り合いのイギリス人ブライアンにドルに換算してもらいます。1冊5ドルぐらいかと予期していたところ、数冊の本の合計が5ドル程度ということを知り、さらにヘレンは感動します。その件に関してもユーモラスな返事を書いており、ドール氏だけでなく会計担当のビル(イアン・マクニース)もくすくす笑っています。

2、3回の手紙のやり取りで、ヘレンがユーモアや文才にあふれ、ドール氏が専門知識を持った誠実な人だということが分かります。
ロンドンではあちこちの景色が映り込んでいて観ていて楽しいです。

育まれる友情

ヘレンは「イギリス国内は戦後の配給の苦しい時期である」とブライアンから聞き、デンマークの通信販売会社を通じて、肉、ハム、卵、缶詰といった食料品が入った箱を書店へ送りました。そういった食品はたまに配給されるだけだったので、書店の従業員だけでなくその家族もとても喜びました。すると、ドール氏の秘書が彼に内緒で手紙を書き始めます。ヘレンが個人的なことをユーモラスに書いて送るため、セシリーもつい自分のことを話したくなってしまったようです。

ドール氏は妻のノラとダンスに出かけたり、家で子供たちとクリスマスの飾りつけをしたり、エリザベス2世の戴冠式の中継で国歌が流れると一緒に起立したり、DIYで天井にペンキを塗ったりしており、そういったこともヘレンへの手紙に書いていたようです。ドール氏の妻ノラ(ジュディ・ディンチ)は、控えめな人物のようです。

また、彼はヨークシャープディングの作り方なども書いていたようで、ヘレンはそのレシピを参考に友人との食事でヨークシャープディングを振る舞っていました。ラザニア皿ぐらい大きいので、こんなサイズは見たことがないとブライアンが笑っています。(実は我が家ではこれぐらいのサイズを作ることがよくあります。これよりは若干小さいものの、それが一人分で、この中にグレービーとグリルにした肉を入れてグレービーボートにしています。美味しいのでおすすめです)

また、ヘレンはブライアンのイギリス英語での「ラズベリー」の言い方を気に入っており、皆で「ラーズベリー」と言いながら楽しく会話しました。ヘレンがロンドンの書店跡を訪れたとき、ラジオから料理番組のようなものが流れており、「ラーズベリー」という単語が繰り返し聞こえてきました。

20年近く書簡の交換をすれば、従業員たちとも自然と仲良くなるものです。イースターの時期に届いた食料品の荷物には、セシリーだけでなく、ビルもお礼を書いていました。ノラは手紙だけでなく、子供たちやドール氏の写真も何枚か同封していました。ヘレンはそれらの写真を家族から届いたもののように愛おしそうに微笑んで眺めていました。亡くなった書店の従業員もヘレンの手紙を楽しみにしており、ドール氏が病院まで手紙を持って行って読んで聞かせていました。

ロンドン行きが頓挫する

年月が経ち、それぞれが同じように年をとっていきます。

ヘレンはいつかロンドンを訪れたいと強く願っていましたが、歯の治療で突然の高額出費があったり、アパートメントの改装工事で引っ越しをしなければならなかったりといったことが重なり、叶いませんでした。ヘレンが来ることを一度は楽しみにしていたロンドンの書店も、彼女が来られなくなってしまったことで、平気にしているようでもがっかりしていることが分かります。ヘレンの友人は公演でしばらくロンドンに滞在していたため、何度か書店を訪ねたことがありました。

ヘレンの願いが叶うのは、彼女がロンドンにはじめて手紙を出してから20年以上経ってからでした。しかし、ドール氏や従業員に会うことはできませんでした。なぜならドール氏は既に亡くなっており、書店も閉店してしまっていたからです。

1969年、彼女のもとにロンドンからの手紙が届きます。それはドール氏の秘書(セシリーは数年前に退職)からで、ドール氏が腹膜炎を発症し、7日後に亡くなったと書かれていました。さらに、ヘレンが依頼していた書籍を引き続き欲しいかどうかも尋ねていました。

ヘレンは妻のノラに手紙を書いたようで、ノラはヘレンからの親切な手紙に感謝しており、夫のドール氏とヘレンには一度会ってほしかったと記していました。彼は誰とでもうまくやる能力があり、素晴らしいユーモアのセンスを持っていました。彼の死については海外からも追悼の手紙が届いており、書籍業界の人たちからも、ドール氏は知識が豊富で親切で、誰にでも知識を分け与えていたと言っていたとのこと。さらに、ノラは実はヘレンのことをとても羨ましく思っていたとも書いていました。ドール氏がヘレンからの手紙をとても楽しんでいたこと、そしてヘレンのユーモアと彼のユーモアが似ているところもあったというのです。

訃報を受け取り、これまでロンドンから送られてきた書籍をすべてきれいにするヘレン。20年の間に購入した書籍は部屋いっぱいに広がっていました。

そして、ドール氏が亡くなった2年後、閉店した書店にヘレンはやっと訪れるのです。

できることなら実際に会って、古書の話で盛り上がってほしかったと思います。しかし友情というのは、こういう形もありなのだと感じます。相手を思いやったり考えたりする気持ちは、場所も時間も超えて決して色あせません。大きな事件が起きるわけではない映画でしたが、自分でも驚くほど深く心に刻み込まれています。人生はこんな風に送ってもいいのだと思います。

ヘレン・ハンフ
DVDと「The Duchess of Bloomsbury street」

おわりに

ヘレンが独り言をいうとき、たまにこちら(観客側)を見て話すことがあり、そのたびに自分も映画に参加しているような気分になりました笑。

アンソニー・ホプキンスは猟奇的な「ハンニバル・レクター」のイメージも強いですが、ドール氏や「日の名残り」の執事スティーブンス氏のようなイギリス紳士的な役柄もピッタリだと思います。ジュディ・ディンチも、ビル役のイアン・マクニースも若々しいです(イアン・マクニースは「ドク・マーティン」でバート役として出演)。また、書店にやって来たデラウェア州に住むアメリカ人女性客はコニーブースが演じています(コニーブースは「フォルティ・タワーズ」のポリー役)。

ヘレンが着ていたシャツには可愛いと思ったものがいくつかありました。また、彼女の友人マキシンと二人でチャイニーズテイクアウェイを食べているシーンがあり、60年代のこの頃からテイクアウェイがあったのかと気づかされました。

ロンドンの「Charing Cross Road」付近を歩く機会があったので「84」を探してみました。もちろん古書店はそこにはなく、何かのレストランのようになっていました。というよりも、どこが「84」なのかも不明だったので、改めて調べたところ、銘板が掲げられていることが分かりました。今でも映画や書籍ファンがちらほらと訪れているようです(書物愛好家や知識人の間でカルト的な人気らしい)ジュディ・ディンチはこの映画は、自身の出演作の中で最も気に入っている一つだと語っているそうです。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次