「The Duke(ゴヤの名画と優しい泥棒)」は、2020年公開のイギリス映画。
1961年、イギリス北部ニューカッスル在住のケンプトン・バントン氏が、ロンドンのナショナル・ギャラリーからフランシスコ・デ・ゴヤの「ウェリントン公の肖像画」を盗んだ事件の実話に基づいています。
キャストはジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィオン・ホワイトヘッド、マシュー・グード、アンナ・マクスウェル・マーティンなど。
オープニングタイトルの背景は、1960年代のイギリス北部工業都市の煉瓦造りの路地裏。路上には古いトラックやゴミ箱が点在し、産業による煤けた雰囲気から当時の労働者階級の日常が感じられます。(画像は引用目的で使用しています)
The Duke(ゴヤの名画と優しい泥棒)あらすじ
1961年のイギリス北部ニューカッスル。労働者階級の活動家であるケンプトン・バントン氏(ジム・ブロードベント)は独学で執筆活動を行い、自分の文章をテレビに売り込もうとしています。彼は陽気で親切、博識で饒舌な人物です。
ガウリング議員の邸宅でクリーナーとして働く妻のドロシー(ヘレン・ミレン)は、北部に住む人々の特徴なのかいつも少し厳しい表情で話し方もぶっきらぼう。でも愛情に溢れていることが伝わってきます。
ガウリング夫人(アンナ・マクスウェル・マーティン)はドロシーを信頼しており、バントン氏の活動や、彼がたびたび問題を起こすことも理解しています。そのうえで、ガウリング家に迷惑をかけたくないと心配するドロシーの気持ちを気遣います。さばさばした正義感のある性格で、バントン氏の請願運動にも署名します。バントン氏の裁判では、判決直後、一人立ち上がり「エルサレム」を歌い始めて注意を受けます笑(「エルサレム」は、ウィリアム・ブレイクの詩「ミルトン」の序詩(1804〜1808年頃)に、1916年にヒューバート・パリーが曲をつけたイギリスで広く知られる聖歌であり愛国歌)
バントン氏は、TVライセンスの支払いの拒否により13日間投獄されます。郵便局の職員が訪ねてきて、バントン家からBBC視聴の信号が検知されたと告げますが、バントン氏はテレビからBBC受信のコイルを取り外し「テレビは所持しているけど、BBCは映らないためライセンス料を支払う必要はない」と主張。しかしこの主張は認められませんでした。
国営放送のBBCは日本でいうNHKのようなもので、テレビを持つ家庭はTVライセンスの支払いが求められました。実際に、TVライセンス料を支払わない場合の罰金や刑罰が科された例もあります。1960年代は、TVライセンス発行や訪問調査、無許可視聴の取り締まりは郵便局の担当で、検知バン(TV detector vans)も運用していたとのこと。
バントン氏がテレビのコイルを外した一方、「普通に暮らしたい」とライセンス料を支払っていたドロシー。バントン氏がコイルを失くしてしまったため、受信料を払っているにもかかわらず、バントン家ではBBC視聴ができないという皮肉な状況に笑。
刑務所から出たバントン氏は、18歳で亡くなった娘マリアンの墓参りに向かいます。墓前で「また法律を破って、お母さんを怒らせた」と語りかけます。一方、ドロシーはいまだに悲しみに対処しきれないせいかマリアンの墓を訪れたことがありません。
心優しい息子のジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)は、いつもバントン氏の味方で、父の署名運動にも同行。船大工を目指して真面目に働く一方、離れて暮らす兄のケニーは軽犯罪に関わったり、仕事上のトラブルを抱えることが多く、母のドロシーと口げんかを繰り返します。彼はジャッキーに簡単な仕事の手伝いを依頼するものの、ジャッキーは嫌がります。
ウェリントン公爵の絵画についての報道

夕食時のテレビには、アメリカのコレクターに落札されそうになったゴヤの絵画を、ナショナルギャラリーが14万ポンドをかけて守ったと、まるで正義であるかのように語られています。絵画にそれほどの価値があるのか疑問を呈し、ウェリントン公爵は国民の味方ではなかったと公爵の政策を皮肉り、結局は血税が使われていると批判するバントン氏。年金受給者や弱者のために社会活動を続けるバントン氏は、この報道に呆れている様子。
バントン氏はタクシー運転手の職に戻るものの、あまりにおしゃべりなため乗客から苦情が寄せられ、足の悪い戦争退役軍人を無料で送迎するなどして職を失ってしまいます。
ドロシーは、ジャッキーがバントン氏の活動に関わることを嫌がり、彼がもし道を踏み外したら父親の責任だと警告。請願活動や政治的な行動を続ければ、また刑務所行きだと苛立ちます。バントン氏は、年配者のテレビ受信料免除を求める運動と、自分の作品についてテレビ局と話をするために、ロンドンへ2日間行きたいと懇願。これが本当に最後の機会で、ロンドンから戻ったあとは定職に就いて静かに暮らすと約束します。
しかし、ロンドンで複数のテレビ局を訪ねるも予約がないため面会はできず、国会の建物で声を上げれば追い出されてしまいます。トラファルガー広場でお昼を食べていたバントン氏は、落ちていた新聞にまたウェリントン公爵の絵画の記事を目にします。彼が振り返った先にはナショナルギャラリーがあるんですね・・・。
やがて夜になり、何者かがナショナルギャラリーに忍び込み、ウェリントン公爵の絵画を持ち出します。犯人のズボンの裾がボロボロなのが気になります笑。精巧なセキュリティシステムが解除される時間を狙ったにしても、該当の絵画はイーゼルの上に置かれていただけのようです・・・笑。
ワードローブに隠れる公爵
翌日のテレビは、当然ながら肖像画盗難の話題で持ちきりに。警察は資金力のある国際的な窃盗集団による犯行だと見ているという報道に鼻で笑うバントン氏。しかし筆跡鑑定士は、犯人は作家ではないものの才能があり、独学で文章を書いている人物で、年齢は50代後半ほど、地域社会で活動しその地域では知られた存在だろうと言い当てます。女性の鑑定士のせいか、男性職員が軽くあしらっています。
バントン氏とジャッキーは、バントン氏が書斎として使っている部屋のワードローブの奥に、偽の背面を作って隠します。彼はこの絵画を、年金受給者のTVライセンス料免除を求める抗議に用いることに決めて、14万ポンドを要求することに。トラックをヒッチハイクして離れた場所から投函します。ナショナル・ギャラリーは情報提供者に5000ポンドの報奨金を支払うと発表します。
バントン氏の書斎用の部屋に入ったドロシーは、絵画ではなく、マリアンの写真や、マリアンについて書かれたバントン氏の原稿を発見。ワードローブの中のウェリントン公爵には光が差し込み、何だか見つかりそうでヒヤヒヤします笑。原稿を読んでいるドロシーを見て、バントン氏は絵画が発見されたのかとぎょっとするものの、ドロシーは家族の悲しみを利用して金儲けをしようとしていると非難。娘の死をいまだに悲しむ二人ですが、前に進もうとするバントン氏と、悲しみから抜け出せないドロシーの違いが顕著です。
バントン氏はパン工場で働き始めるものの、工場の上司がパキスタン人従業員に人種差別的な態度を取り、バントン氏が声を上げたことで工場を解雇されてしまいます。
パメラの提案(脅迫)
バントン家には、ケニーがパメラという彼女を連れてきます。書斎部屋にいる二人を見て慌てるバントン氏。書きものをするから書斎は使わないように言うものの、ドロシーが許可したと聞かされ、それ以上何も言えなくなります。ほどなくして、パメラがワードローブを開けて絵画を見つけてしまいます。隠し壁の穴から見えるウェリントン公爵の目と、パメラの目が見つめ合います笑。
警察だけでなくデイリー・ミラー紙にも手紙を送ったバントン氏は、同紙がナショナル・ギャラリーと同額の報奨金を提示したことを知り、次に進める手応えを感じます。新聞なら大々的な宣伝と中継の役割を果たし、より強いプレッシャーを政府に与えられると考えたのでしょう。バントン氏は、お祝いとして家族で食事に出かけることに。パメラやジャッキーの彼女アイリーンも来ており、「バントン氏とどうやって知り合ったんですか」とドロシーにフレンドリーに接するアイリーン。こういう人が舅や姑に気に入られるのでしょうね~。
しかし、パメラはバントン氏と二人になる機会を見計らい、ウェリントン公爵の絵画について「賞金を二人で分けよう」と提案(脅迫)してくるのです・・・。
再びロンドンへ
パメラが通報する前に、ナショナル・ギャラリーへ絵画を返還すべきだと、一人急いで帰宅するバントン氏。荷造りをしていると、心配して戻ってきたドロシーに絵画の存在を知られてしまいます。ジャッキーは巻き込んでいないこと、慈善事業として行っていることだと説明しますが、当然納得しないドロシー。さらに、バントン氏がパン工場を首になっていたことも知り、彼は人種差別に立ち向かったと説明しますが、妻はもはや何にも耳を貸しません。追いかけてきたジャッキーを振り払い、バントン氏は一人でロンドンへ向かいます。そして、ナショナル・ギャラリーで警備員に絵画を手渡すのです。
当然ながらバントン氏は出廷することに。担当弁護士はハッチンソン弁護士(マシュー・グード)で、彼の妻は舞台女優デイム・ペギー・アシュクロフトで、どちらも実在した人物です。
バントン氏の陽気で饒舌な態度により、法廷では笑いが起こり、女性裁判官やタイプライター係も、笑みがこぼれる一歩手前です。ジャッキーや、パン工場でバントン氏がかばったパキスタン人従業員、ガウリング夫妻も傍聴に来ています。ガウリング夫人のブラウンのコートが可愛いです。70年代以前のファッションは、ユニークなデザインが多く、仕立てがよかったり品があったりして見ていて楽しいです。
絵画を盗もうと思った理由を法廷で語るバントン氏。法廷にいる人々の心は揺さぶられます。ハッチンソン氏の弁論も素晴らしく、ここだけでも観る価値があると思います。
ラストには意外な展開があり、さらなる事実も存在。巧みに練られたストーリーラインだと思います。それらを含めて全体を振り返っても、ケンプトン・バントン氏がとても親切で、愛にあふれた人物であることがよく分かります。古き良き英国の親切な精神が感じられ、邦題の「優しい泥棒」は言い得ていると思います。
食事のシーンや家の中の様子も興味深いです。ドロシーはいつもぶっきらぼうな話し方ですが、家事はきちんとこなすし、いつも温かい食事を用意して、紅茶も必ず淹れます。夕食はダイニングテーブルで取ることもあれば、トレイを膝に載せ、テレビを見ながら食べることも。ローストポーク、トード・イン・ザ・ホール、ソーセージとマッシュ、フル・ブレックファースト(目玉焼き、ブラックプディング、ベーコン)などが登場。キッチンの蛇口から水がぽたぽた漏れている描写もリアリティを感じさせまます。

1962年のジェームズ・ボンド映画
行方不明になった絵画は、大衆文化にも影響しました。
ラストでは、バントン夫妻が映画館でジェームズ・ボンド映画「Dr. No(007は殺しの番号)」を観ながら、「またあの忌々しい絵だわ」「ワードローブにしまっておけ」と言葉を交わします。ボンドに扮するショーン・コネリーの視線の先には、ゴヤのウェリントン公爵の絵画が。
映画の中で、ゴヤの絵画はすぐに返還されたような印象を受けますが、実際には盗難から返還まで数年(1961〜1965年)を経ています。「Dr. No」の公開は1962年で、当時はまだ絵画が行方不明の時期。「Dr. No」の隠れ家に行方不明の絵画がジョーク的に登場したのです(犯人は「Dr. No」ということで)
そのため、バントン夫妻が映画を観ているのは絵画の返還後であり、おそらく再上映を鑑賞していると考えられます。
ボンドがウェリントン公爵の絵画に気づいて立ち止まるシーン。ちょうどDVDがあったのでチェックしてみました笑。

DVDの追加特典
DVDの追加特典には、バントン氏の孫であるクリストファー・バントン氏のインタビューが収録されています。彼はジャッキーとアイリーンの息子で、映画のプロットはバントン氏の話や裁判記録に基づき、ほぼ史実どおりであると語っています。
おわりに
2000年になって、75歳以上の国民はTVライセンスの支払いが免除されることになったものの、2020年以降は特定の条件を満たす人のみが対象となっています。現在では、テレビを視聴しない家庭は、オンラインで「TVライセンスは必要ありません」と申請できます。
ジム・ブロードベントは、「ハリー・ポッター」シリーズのスラグホーン役をはじめ、「Enchanted April」のフレデリック役、「ブラックアダー」シリーズでのドン・スピーキングリーシュ役やアルバート王子役などで知られています。さらに「ブリジット・ジョーンズの日記」「ムーラン・ルージュ」「バンデットQ」「ブルックリン」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」「パディントン」シリーズ、「ナルニア国物語」など、多数の映画に出演する実力派俳優です。
ロンドン警視総監シンプソン卿役のチャールズ・エドワーズは「シェルシーカーズ」のノエル役。ハッチンソン氏役のマシュー・グードは「リープ・イヤー」のデクラン役、「ガーンジー島の読書会の秘密」のシドニー役など多数に出演。ガウリング夫人役のアンナ・マクスウェル・マーティンは「北と南」のベッシー役です。




