「Kinky Boots(キンキーブーツ)」は、2005年に公開されたイギリス映画。
1999年にテレビ番組で紹介された、イングランド東ミッドランド地方にある老舗靴工場の実話に基づいて製作されました。
舞台はイギリス・ノーサンプトン州。靴産業が衰退していた時期、伝統ある工場が新たな活路を模索していくエピソードが展開されます。ただし、ノーサンプトン州の靴産業は今も高級靴市場で存在感を保っています。
オープニングタイトルでは、小学生くらいの黒人の子供が赤い靴を履いて踊っています。この人物こそストーリーの重要なカギを握るキャラクターの幼少期です。海辺の建物の外で父を待ちながら、バッグから赤いヒールの靴を取り出して履き、楽しげに足音を鳴らして踊ります。やがて父が「もう帰るぞ」と声をかけると、靴を鳴らしながら戻っていきますが、父は「Stupid boy(愚かな少年)」と一言。その子は男の子だったのです。
(画像は引用目的で使用しています)
「Kinky Boots(キンキーブーツ)」あらすじ
チャーリー(ジョエル・エドガートン)は、ノーサンプトンシャーにある1895年創業の老舗紳士靴工場「Price & Sons」の跡取り。父はいつも「この世で本当に美しいものは靴だ」と語っていました。
映し出される、職人による靴を作る工程がとても美しいです。革の裁断、縫製、ソールの取り付け、磨き上げなどの音も素晴らしく、こうして伝統的な紳士靴であるブローグシューズが丁寧に仕上がっていきます。そして、出来上がった美しい靴は、品のある箱に詰められます。
なお、多くのシーンは、ノーサンプトンにある「Tricker’s(トリッカーズ)」の工場で撮影されました。トリッカーズは英国王室にも支持されている老舗高級靴ブランドです。
工場で働く従業員たちは、チャーリーが幼いころから知る地元の人々です。彼はかつて父の仕事を誇りに思っていましたが、今では継ぐことに前向きではないようです。スニーカーを履いているのも、そんな気持ちの表れかもしれません。
工場ではチャーリーの門出を祝うために従業員が集まります。婚約者はロンドンでより良い仕事のオファーを受けたようで、チャーリーもマーケティングの仕事をするために一緒に行くのだと言います。集まった従業員たちの表情からは、「継がないんだ・・・」という空気が伝わってきます。父は少し皮肉を込めて、チャーリーと将来の義理の娘に乾杯します。
ノーサンプトン駅からロンドン行へ行くチャーリー。
この駅のシーンは「Wellingborough Station(ウェリングバラ駅)」という実際の工場から近い駅で撮影されたようです。90年代後半のノーサンプトン駅でもこんなに小さくはなく。現在はさらに整備されています。
ロンドンのフラットでは、チャーリーとニコラ(ジェマイマ・ルーパー)が新生活を始めます。シャンパンを開けながら、ニコラは「もうノーサンプトンじゃない!もう靴のことを考えなくていい!」と歌います。この一言だけで、彼女がどこか感じの悪い人に思えてくるし、ノーサンプトンの人たちにも失礼かと・・・。
そんなときに、チャーリーに父の訃報が届きます。到着して1時間も経っていなかったはず。
いきなり経営者になるが
突然、父の事業を継ぐことになったチャーリー。
1990年代当時、ノーサンプトンシャーだけでなくイギリス全体で靴産業は衰退しており、町には使われなくなった工場が目立っていました。
父の葬儀を終えたチャーリーは、工場の経営が長く厳しかったことを知ります。父は従業員に苦しい状況を打ち明けられないまま、ずっと彼らを雇い続けていたのです。作られた紳士靴は売れず、倉庫に山積みにされていました。チャーリーはロンドンの卸業者に出向き、情けで一部を引き取ってもらいますが、業者は最近は安価な海外製品を取り扱いたいのが本音だといいます。
その帰り、チャーリーはパブで飲んだあと、酔っ払いに絡まれていた女性を助けようとして、彼女の振り回した靴に当たり気を失ってしまいます。目を覚ますと、そこはまるでキラキラした別世界のような部屋。そこはドラァグクイーンのローラ(キウェテル・イジョフォー)の楽屋でした。
ローラは、自分のブーツが男性の体重に耐えられず、ヒールがすぐ壊れてしまうと不満をこぼします。別のブーツはきつすぎるようで足を無理に押し込もうとしています。チャーリーは、靴職人のツールキットから靴べらを取り出して差し出します。まるで職人のようです。
その後、チャーリーが部屋を出て歓声が聞こえる方へ向かうとローラが舞台で歌っているのを見つけます。彼女はかなりの人気者のようでした。
ノーサンプトンへ戻ったチャーリーは、大口の取引先との契約が失われていたことを説明しながら、従業員に解雇を言い渡します。彼が子供のころから知っている人も多く、実につらい役目です。そして、若い従業員ローレン(サラ・ジェーン・ポッツ)に通知を渡すと、彼女は「リプトン社が乗馬や登山用のブーツの製造にシフトしたように、私たちも製品を変えてニッチ市場を狙うべきだ」と提案します。
結局ノーサンプトンに残って仕事をすることにした二コラ。ある日、二人で町のマーケットを歩いていると、彼女はジミーチューの赤い靴を見て、「これを結婚式で履きたい。ジミーチューじゃないとだめ」と興奮します。しかしチャーリーは、結婚式がそんなに豪華である必要があるのか、今日15人の従業員を解雇したばかりなのに、と返事をすると、彼女は何も言えなくなります。
チャーリーは、暗闇の工場にひとりで座り、昼間二コラが欲しがっていた赤い靴を思い出ます。そして、ある確信を得るのです。
しかし試作品は
チャーリーは工場で自らブーツ作りを始めます。革の色を選び、裁断し、ミシンで縫い上げる作業もこなします。そして、ローレンに企画を手伝ってほしいと頼みます。
ブーツはロンドンに届けると言っていたのに、ローラが突然工場に現れます。チャーリーは従業員たちの目を気にして、彼女を隠そうとします。
ところが、試作品のブーツを見たローラはショックを受けます。色はバーガンディ(ワインレッドのような)で、ヒールも低め。「バーガンディじゃないわ、赤、赤よ!」と叫びます。そのとき、ブーツを置いた衝撃でマイクがオンになり、ふたりの会話が工場中に筒抜けになります。
ローラは、「赤はセックスの色。恐れ、危険の色。ニッチな市場にもう少し敬意を示した方がいい」と意見します。チャーリーは反論し、従業員たちは興味津々で耳を傾け、中には「新しい彼女じゃないの?」と噂する人も。
ローラが女性従業員に「これを履いてみたい?」とブーツを見せると、彼女たちは「嫌」と笑って答えます。
色はまだ許せるとしても、艶もないし、しかもブローグシューズのような穴飾りまでついているし・・・笑。
ローラは理想とするブーツのスケッチを描いてみせます。こんなブーツを本当に作ることができるのか、チャーリーには見当がつきません。すると、秘書のパットが「スティレットヒールを履くことでヒップが引き締まるから、ローラのいうセックスアピールにつながる」と説明します。ジョージは「スチールシャンクを使えば、強度が出せる」と言います。靴の相談は、やはり靴屋に聞くのが一番ですね。
チャーリーはデザインをローラに任せ、5週間後のミラノの展示会を目指します。
一方、屈強な従業員ドンは、ローラが現れたとき彼女を気に入ってしまいます。女性従業員に「あんたの手の届く人じゃないわよ」と言われても、「そんなことはない」と、ローラが男性だと気づきません。
試作品のブーツは女性から不評でしたが、ドンは「君なら似合うよ、ダーリン」とローラに声をかけます。
すると、ローラが意味ありげに近づき、彼の膝に座ると「そう言ってくれてうれしいけど、女性が履かないなら、私みたいな男だって嫌よ」と、最後は低い男性の声になります。工場内ではくすくすと笑いが起き、ドンは何が起こったのか理解するまでに少し時間がかかり、しばらくショックを引きずります。
後日、作業中のドンのそばで、ローラがブーツと同じ皮で作った鞭を「びしっ」と振って見せます。ドンの反応がコミカルです。
ブーツには、鞭を差し込むためのポケットがついていて、それがまた美しく仕上がっています。
理解する人とできない人
不動産業者のリチャードに案内されて、チャーリーと二コラは美しいアパートメントを見に行きます。チャーリーが「これは我々の予算の範囲ではない」と不思議がると、二コラは「工場をこのようなマンションに改装すべきだ」と言うのです。
「工場を売りに出すなんて言ったつもりはない」と反論するチャーリー。二コラは「お父さんが生前、工場の売却についてリチャードに問い合わせていた」「父に縛られずに自分の人生を生きるべきだ」と言うのです。そこにローラが現れて挨拶しますが、二コラはローラをにらみつけて無視。
二コラの印象が悪いな・・・。不動産業者のリチャードの話も作り話だったりして・・・。
ローラは女性従業員たちから味方されたり、一部の男性にも女性に対するアドバイスを与えたりと頼りにされつつあります。しかし、ドンはいまだにローラを認めていない様子。
ある夜、近所のパブで毎年恒例の腕相撲大会があり、ドンは過去6年間のチャンピオンでした。ローラがドンと対戦して接戦になるも、最後の最後で力を緩めてドンに勝利を譲ります。もちろんドンは気づいており、どうして途中でやめたのかと尋ねます。ローラは「工場でみんなに尊敬されていないと感じてほしくない。あんな気持ちを誰にも味わってほしくない」と答えるのです。
チャーリーはミラノの展示会に出品する費用を工面するため、家を抵当に入れられる限界までローンを組みます。
ローラとローレンが靴屋で話していると、二コラがやって来て「チャーリーを待っていても仕方がないから自分で買う」とジミーチューの靴を購入します。ローレンはチャーリーをかばい、彼が家を抵当に入れてまでビジネスを立て直そうとしていると話すと、二コラは驚きます。
週明けのミラノに間に合うよう、工場では従業員たちが慣れない製品作りをし、週末も作業します。しかしチャーリーの品質基準が高すぎると不満が漏れ、終業の合図で全員が帰ってしまいます。危機というものは次々とやってくるもので、従業員が帰る中、二コラが怒り心頭でやって来ます。普段顔を出さないのに、こういうときには乗り込んでくるのです。
オフィスにいたローラに「出て行け」と叫ぶローラ。ローラはドンがまだ工場に残っていることに気づき、ブーツを置くふりをしてマイクの電源を入れて部屋を出ます。
二コラは、チャーリーはロンドンのフラットには金を使わず、知らない従業員のためにローンを組んだ。あなたの父は工場を売却しようとしていた、など金の話ばかり。チャーリーは、従業員たちを知っているからこそ解雇は人生で最悪の出来事だった、父とは判断が違うと反論します。二コラは怒りながら工場を去ります。
従業員がいなくなってしまい、八方ふさがりのチャーリー。
しかし、チャーリーたちの会話を聞いていたドンがみんなに声をかけ、従業員が戻ってきて作業を再開します。ドンが本当にいいやつなのです。
そしてミラノが・・・
ミラノのショーの前日、チャーリーはローラと打ち合わせのため、イタリアンレストランにやってきました。
レストランの名前は「La Conceria」で、イタリア語で「なめし工場」や「皮革加工場」を意味するそうです。ノーサンプトンの靴産業にちなんでいるのかもしれません。
チャーリーが化粧室に入ると不動産業者のリチャードと出くわします。リチャードは「しまった」というような様子で、手も洗わずに急いで出ていきました。なんとわかりやすい。彼は二コラと一緒に食事をしていたのです。
チャーリーが化粧室から出ると、店内が騒がしなっており、他の客が「逃げたみたい」と外を覗いていました。外に出ると、あのジミーチューの靴が片方落ちています。まるでシンデレラのような状況です。もしかして、二人は食い逃げ・・・笑?
チャーリーは二コラが逃げたことを察し、ローラがおしゃれをして女装してきたのに辛辣な態度を取って別れます。
よりによって、ミラノのショーの前日にこんなことに。
翌日、チャーリーはローレンとジョージと一緒にミラノに到着したものの、ブーツのモデルがいない状態。そのため、やむを得ずチャーリー自身が舞台に上がりブーツのモデルを務めることになります。スーツ姿でズボンをはいておらず、白いブリーフが・・・笑。
そして、よろけたり転んだり。ジョージもローレンも、「終わったな」という表情です。
このシーン、何度観てもつらくなります笑。
ついにチャーリーはついに滑って頭を打ってしまいます。
周囲が騒然とする中、ローラとドラァグクイーンたちが舞台に登場し、華やかなランウェイショーを披露します。彼らの踊る足音がとても良いです。
プライス社の靴で踊るドラァグクイーンたちは、きっと履き心地も良かったと思います。
キンキーブーツの意味は
「Kinky」は英語で「変態的な」「性的に異常な」「風変わりな」といった意味を持つ言葉です。
映画のタイトルは、ドラァグクイーンたちのための靴ということですね。
おわりに
最初に観たとき、結末はなんとなく予想でしたし、二コラも長くは続かないんだろうなという印象でした。
それでも、最後はスカッとする展開で、イギリスの地方の風景も楽しめるので何度も観ています。
大事なイベントの前日に口論があったにもかかわらず、チャーリーのために駆けつけてくれたローラのショーはかっこいいです。
ローラは、ドラァグクイーンとしての派手な女装によって自己表現をしていましたが、ノーサンプトンで受けた差別やチャーリーとの交流を通じて、自分を受け入れ、本当の姿を見せる勇気を得たのだと感じます。
ミラノでのショーの後、ローラは「ドラァグクイーン」スタイルではなく、ヒールとメイクを取り入れた中間的な姿でチャーリーたちと歩いていきます。もう自分を偽らずにいられるようになったローラは、ドラァグパフォーマーとしての誇りと、一人の人間としてのアイデンティティ、その両方を大切にしているように感じました。